そういえば、戦争の体験話をする人たちは、誰もが泣きながら語っていました

  九州中・南部を襲った局地的な豪雨が、 深いつめ跡を残して去って行きました。

  その終わりを告げる、 梅雨の置き土産と言うには余りにも過酷な惨事でしたが。 '

  梅雨明けの報せが届いた7月23日、 今夏初めて蝉の声を聴きました。 '蝉の声を聴くと、 広報担当時代(15年以上前です)に、 取材先で会った老婦人のことを思い出します。

  「家族で掘った防空壕。8月15日。敗戦の大詔(たいしょう)に、 兄の戦死を告げる公報'・・・ その時いつも蝉がじりじりと熱く鳴いていました'

  彼女にとって、 蝉の声は即ち、 戦争の記憶だと言うのです。' 折りしも、 有事法制関連法案が参議院でも可決され、 今後はいつ、 この法が発動してしまうのか?と恐々たる思いもします。

  有事法と戦争を、 即 結び付けてしまうのもどうかと思いますが、 こんな法を創った一部の政治家らが、 銃を持って戦地に赴くわけでなく、 殺し合いをするでもないということに、 当たり前の事ながら、'ある意味不思議な思いもします。

  戦争を知る昭和ひとけた世代、 小生の父母も齢70を疾うに過ぎ、 日本人の「戦争」の記憶は薄れていくばかり。' もちろん、 消えてしまうのは記憶ばかりですが。'

  それでも8月は'やって来ます。' 涙せずには語れない思い出を連れて、また夏が来ます。

   (2003.7.25)

平和授業で是非、子どもたちに「火垂るの墓」を!
 小学生の頃、姉たちと「ああ、ひめゆりの塔」という映画を観に行ったことがあります。爆風で飛ばされた人間の手や足を、従軍看護隊員が無表情に抱えて運ぶシーンを見て気分が悪くなり、「最後まで観たいのに~」という姉に我慢してもらって、外に出たことがありました。



閑話休題、宮城県迫町からうれしい便りパート3