合併直前、最後?かもしれないきちょくれ祭りに、無念のリタイヤ





  嘔吐、下痢、高熱症状が続くこどもたちを病院へ。程なく小生も悪心を覚え、ダウン。

  さすがにこういう状態の時は、生きているのが辛くなってしまいます。
2日間何も食べられませんでした

  週末、恐ろしく性質の悪い風邪が我が家に入り込み、家族6人瀕死の状態でした。

  折りしも、挾間町最大の祭り「きちょくれ祭り」が開催中で、いろいろと役割分担があったのですが、とても赴ける状態に無く、'のど自慢大会に仮装行列、そして太鼓でと、これまで皆勤を続けてきた小生ですが、今年初めて欠場いたしました。 (S.G.課とJ.D.の皆さんには多大なご迷惑をおかけしました)

  不思議なくらい'雨が降らないこの祭りも数えて19回を迎えましたが、平成5年の台風被害で河川敷の会場が荒れ、1度だけ開催中止となったことがあり、早'20年の歳月が経ったことになります。

  思い起こせば20年前。 '就職して間もない小生に、「 新しい祭りの歌謡選手権に、役場職員も一人出場せんといかんぞ」 と言われ、「何故自分が?」という疑問を抱くこともなく、引き受けてしまったのです。



当時流行っていたチェッカーズの「ジュリアに傷心(ハートブレイク)」を熱唱

  俄かグループを結成し、仕事そっちのけで、歌と踊りの練習やステージ衣装の作製に励んでいました。 記念すべき第1回きちょくれ祭りで特別賞を受賞。'(後日、審査員の一人から「最高得点だったけど役場職員だったから・・・」と打ち明けられました)以降、この祭りの歌謡ステージに3回立ちましたが、いずれも「特別賞」止まりという結果に終わりました。'

  それはそうと、上の写真を興味深げに見ていた臨時職員のH.F君(彼は今年、大分県職員採用試験にパスした!)が、20年前は1歳だったという事実に驚愕しました。 あの当時周りにいた40過ぎのおじさんたち'・・・ もとい、先輩方をみる目で、彼は小生を見ているんだなあと、改めて思いました。 小生は当時、おじさんたち・・・ もとい、上司の何人かが、やたらダジャレを連発することに感心していました。受けようが受けまいがお構いなく、次々と浮かぶダジャレを口にするのです。(それはそれで、すごい才能?)

  と・ところが小生最近になって、やたらとダジャレが頭に浮かぶようになったのです。今のところは羞恥心と理性を以って、人前では言わないように気をつけていますが。 '

  先日、アラファト議長死去の一面記事を見て、「アラファと私が、夢の国~♪」(てんとうむしのサンバ)というフレーズが突然浮かびましたが、これも誰にも言わない!

(高熱に嘔吐、下痢症状に子らの看護が重なり、思考回路が少々歪んでます)     (2004.11.14)''