人事異動に関わらず、春は移動の時期でもあります。 ’小生にとっては数少ない同期の友、O.K.氏が実家に居を構えることになり、過日、家財運び出しの手伝いにはせ参じました。 (小荷物担当ながら、悲鳴をあげながらの小生の脇を、職場の同僚で剛力のH.M.くんが大荷物を軽々と運んでいました) ところで、父が国鉄職員であった小生は、 ここ挾間町に転入するまで20回近く引越を重ねています。 長くても2年、時期によっては年に1度、猫の目のように住む家が変わり、その都度あたふたと家族で荷造りをしていたものです。 当時、国鉄職員の引越と言えば、職場のお祭りでした。 「そんなに要らないだろう・・」 と思えるほど多数の職場同僚の皆さんが集い、楽しそうに(?)家具や電化製品を運び出していました。 昼食時や夕方からの宴席のしたくに、'母親がてんてこ舞いしていたことを覚えています。 現在はコミュニティの希薄化からか、 引越代理業が全盛なこともあり、古き良き 「お祭り騒ぎ」 を見かけることは無くなりました。 近いうちに小生も、4人のお子たちが汚損の限りを尽くしてきたこの住宅を引っ越さねばならないのですが、 住宅の原状回復に要する経費を考えると、なかなか思い立たない次第です。 ’(2006.3.24) |
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引越の回数が多いと、それだけ家具や電化製品の摩耗は激しくなります。大分駅裏にあった 国鉄アパートの上層階に入居する時は、偶にロープで大荷物を吊り上げていたのですが・・・’ |
これでまた、しばらくは風邪の流行を沈痛な思いで過ごさねばならない日々が続きそうです。 とほほ。 (2006.3.26/22:00) |