小生ごときにも心をとめていただき、「気を使い過ぎるなよ、パァ~!としちょけ」と、いつも声をかけてくれていました。(自分こそ、いつだって周りに気を配っていたくせに) 他方、仕事の面では、常に細心に事を運ぶ慎重さと、必要とあれば妥協することなく推し進める大胆さをもって、さまざまな行政課題に取り組んでいました。総務課長を辞し、副市長に選任されてからも、その温厚な性格と実直さはそのままに、貴方は市長の右腕として辣腕を奮っていました。そう、ほんの数日前まで。 突然、「副市長が交通事故に巻き込まれた!」という消防本部からの連絡を受け、市長と伴に、心を乱しながら現場へ向かいました。 正にその事故のため渋滞する車の列に業を煮やし、車を降りて2人、事故現場まで夢中で走りました。 息を切らせながら何とかたどり着きましたが、あまりの凄惨な光景に言葉を失い、頭の中は真っ白になりました。 運転席に挟まれてしまった事故車からやっと担ぎ出され、担架に乗せられて蘇生処置を受ける副市長に、「死なないで!、死なないで!」と願った必死の思いは届かず、その一時間後、二度と還らぬ人となりました。 当日、不慮の事故に遭う10分前、「いっちゃん、男性料理教室にあいさつしに行っ'てくるでー。」とかけられた言葉が最後でした。 58歳になったばかりという、あまりに早すぎた天命に、ただ、ただ、虚しさを覚える'ばかりです。それが運命というのであれば、明らかにそれは間違ったものでしょう。 家族のためにも、由布市のためにも、まだ決して死んではならない人でした。 16年ほど前、ともに広報統計の業務に携わっていたのが縁で、五ヶ瀬町のスキー場へ行ったことが思い出されます。 好き勝手に冗談を言いあっては皆で大笑いして'いました。 総務課へ異動し、新しい環境と不慣れな業務に挫けることなく日々勤仕に努めてこれたのも、思えば貴方がいたからこそでした。 本当に、本当に、これまでありがとうございました。そして、さようなら、秋吉副市長 6月27日、命日。 紫陽花をぬらす涙の梅雨は、まだしばらく続きそうです。 (2008.6.29) |
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