従前、苦労して耕していた山間の田を諦めたことで作付面積は減ったものの、それでも190枚ほどの育苗箱を自宅の坪(庭)に並べ、籾を蒔いていった。 水をかけ土を被せ、苗を育てる「苗代(なわしろ)田」へ運び、また並べていく。 立ち眩みと腰の痛みに耐えながら、6時間に及ぶ作業であった。 これよりは、田植えまでのおよそひと月、畔の草刈りと田んぼの代掻き作業が続くことになる。 巷ではコメ価格の高騰が連日ニュースになっているようだが、だからといって生産農家が潤う構図が見えてこないのはなぜだろうか。 肥料や機械の燃料をはじめとする農業経費の高騰も著しく、作れば作るほど赤字が増えていくものの、さりとて、これまで買ってくれていた常連の皆さんには値上げを伝えにくい・・・という実情もあるだろう。 加えて、気候変動による豪雨被害が年を追うごとに酷くなっており、農地や水路の維持、復旧には多大な労力と財政的な負担もますます強いられる。 これらはなんとか生産農家で分ちあっているが、昨今、わが地区内でも(おそらくもう田んぼには戻らないであろう)遊休農地が驚くほど増えている・・・つまりは、農業を仕舞える人が少なからずいるのだ。 いまのところ小生が米作りを諦めるつもりはないが、これ以上周囲で耕作者が減っていけば、水田を維持する環境は保てなくなるだろう。 健気にも「農業を手伝いたい」と、軽トラックを運転するために必要なマニュアル車の運転免許を取っている次男がいるが、はたして「まともなかたち」で農地を遺せるだろうか。 コメ価格の高騰が続くなか、農家の悲観的な将来だけが容易にイメージできてしまうのは、いったいどういうことだろう。 (2025.5.23) |
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