初めて年賀状をパソコンで作りました
あけまして
おめでとうございます~


    苦しい家計ながらも、何とか日々の
   糧を得、さしたる大病や事故も無いこ
   とに感謝せねばなりません。
年末年始は元気でした


  実に久しぶりに、大晦日から降り積もった雪の影響で、姉夫婦の帰省が遅れました。

  4時間余りで帰って来るとはいえ、帰省に掛かる経費や手間も相俟って、茨城と大分との距離は相当なもののようです。

  先達ての新潟中越地震の際、姉の住む土浦でも震度4クラスの地震が頻繁に起こり、気丈な姉もこのテの災いには滅法弱く、PTSD(心的外傷後ストレス障害)寸前だったそうです。

  そういえば、暮れに用あって大分教育事務所に赴いた日に、スマトラ島沖地震が発生しており、かの地へ赴いている県教委の教師らの安否を確認しようと、事務所内が色めきだっていました。

  世間では、災いの影に怯え、難を引きずりながらの年明けでしたが、我が家は相変わらずの慌しい毎日で、とうとう今年は大掃除もしないまま新年を迎えてしまいました。(でも全然へっちゃらになってしまった夫婦・・・)

  結婚して早10年、いつまで経っても乳幼児を抱えている状態で (自分の責任です)(^-^;) ましてや風邪をひきやすく、熱性ケイレンの常襲を受ける子どもたち故に、ここ数年初詣には出掛けられずにいます。

  もとより日々の生活に追われる身、とかく「信心は徳の余り」と言えども、「今年こそ、今年こそは」と、運勢が上向くことだけは毎年願っています。

  当然の事ながら思うようにはならないものの、さりとて絶望の淵に立ち尽くすことも無く希望をもって新年を迎えるのは悪いことではなさそうです。 もっとも、今年は小生にとっては経験したことの無い「合併」による市制が敷かれる年であり、それはおそらく劇的な変化を伴うことでしょう。

  それでもなお、「今年こそは」の希望を胸に、2005年の初日の果てにあるものを希求したいと思います。 「幸福とは、幸福を探すことである」(ジュール ルナール)

  ・・・ しあわせは、努力しつづける人にこそ訪れるものと覚えたり。   ' (2005.1.5)



正に産みの苦労でしたね・・・ いよいよ今年10月
1日に新市が生誕




 12月7日に、3町が一
斉に臨時議会を開会して
合併を決議。 19日には
「はさま未来館」 で調印
式が行われました。
 座談会然り、喧喧諤諤
の争論が展開された割に
関係者を除けば来場者
はホンの数名でした。